風情ただよう「かぐら建て」の町家。
ガラス戸を開けると、ジャズが流れる空間に洗練された美しい盆栽が並んでいます。
みくに園は、盆栽と苔玉の専門店。
伝統文化とモダンが融合する空間は、三國湊の風土と重なります。
新たなカルチャー拠点となりそうなオシャレなお店の登場です。
築100年以上、江戸後期に建てられたとされる「かぐら建て」の立派な町家。情緒ある町並みでひと際存在感を放つこの建物は、もともとは麹屋さんでした。家主さんが三國町家プロジェクトに賛同し、建物と土地を無償譲渡してくださった歴史ある邸宅です。奥まで続く土間廊下、風流な坪庭、見事な蔵座敷。昔の町家スタイルをそのまま生かしてOPENしたのが、「みくに園」です。
「お客さんの層が変わりました。女性や若い方が圧倒的に多く、お店に入ると『かわいい!』と声をあげてくれます。盆栽を手軽に楽しんでもらうためには、感動してもらうことが大切。そのための見せ方にこだわりました」
店に入ると目に飛び込んでくるのは、「盆栽アート」と呼びたくなるモダンな植栽。越前焼や九谷焼などの器を中心に使っています。自分の好みの器と組み合わせることも可能。「堅苦しい」とか「おじさまの趣味」とか、そんな従来のイメージをくつがえす、スタイリッシュな盆栽です。
「育て方をしっかり説明し、お手入れのアドバイスも行います。売りっぱなしではなくて、そこから始まるお付き合いを大切にしています。何でも手に入る時代だからこそ、そういうことを大事にしたいです」
そう話してくれたオーナーの下村さんは、盆栽師。眼鏡の奥の優しい目が印象的です。植物を育てることが苦手な人でも気軽に相談できるので、初心者でも安心。お店の一角は工房になっていて、盆栽を作る過程を見学できます。
下村さんが目指したのは、暮らしのなかで楽しめる身近な盆栽。これまで新しいブランドの立ち上げや商品開発を進めてきました。そして「もっと発信力のある拠点がほしい」と模索し、辿り着いたのが三國町家プロジェクトでした。
下村さんは三国町生まれ。大阪の大学を卒業後は福井にUターンし、実家に戻ってサラリーマン生活を送っていました。下村さんに第一の転機が訪れたのは平成19年。会社を辞めることを決めたのとほぼ同時期にお父さまが交通事故に遭い、そのまま仕事を手伝うことになります。お父さまが20年前に脱サラして始めたのが、「みくに園」の前身である「三国園芸」です。盆栽を手伝うのは初めてでしたが、その魅力にはまっていきました。
「修業経験がないままスタートしたので、盆栽をしたことのない人の気持ちが分かります。だからこそ、『見せ方』を工夫すればもっと多くの人に親しんでもらえるのではないかと考えるようになりました」
植木鉢を変えると印象は変わる。新しい素材の器や、地元作家の器などを使い始めました。そうしたなか越前漆器とコラボレーションして立ち上げたブランド「ちょこぼん」が、東京のギフトショーで注目を集めます。その後も、越前焼作家の器を用いた「Re:BON」を立ち上げるなど、精力的にブランドを展開。確かな手応えを感じていました。
しかし、当時の仕事場は店舗というより作業場。商品イメージとのギャップが大きく、WEBショップのみの販売にとどまっていました。そのため「発信力のある拠点がほしい」という思いが募っていきます。
そのころ、金沢の東茶屋街の町家を再生した店に商品を置くことになり、町家と盆栽の組み合わせに心ひかれていきました。そして「金沢に店を出したい」と思い始めた時に、地元である三国の町づくりの動きを知ります。
「金沢まで行かなくても、三国に素敵な町家があるじゃないか!」
こうして当プロジェクトの公募に応募することを決意。最初に手を挙げたのは、現在フレンチデリ「ハーフムーンベイ」が入居している「広小路の蔵」でした。
残念ながら広小路の蔵の入居者には選ばれませんでした。しかし、それを機に当プロジェクトを進める三國會所とのつながりが生まれます。そして、公募第四弾となる「田中麹屋」の応募を勧められました。
「一番奥にある蔵座敷に、ひとめ惚れしました。とても大きな町家なので複数の入居者を想定していたそうですが、せっかくなので一軒まるごと借りた方がいい。しばらく悩みましたが、三国を拠点にやっていく覚悟を決めました」
下村さんにとって、新しい拠点を持つことは大きな決断。まさに「人生のがんばり時」です。その舞台に三国を選ぶことができたのは、こうした町づくりの動きがあったおかげだと語ります。
「子どもが生まれてから、自分が暮らす町を好きになってほしいと思うようになりました。うちの子は、三国祭が大好き。特に山車が好きなので、湊町の内側から山車を見る日を楽しみにしています。その様子を見ていると、地元を好きと思えることの大切さを感じます。息子を通して自分自身も三国を誇りに思えるようになりました」
下村さんにとって湊町に拠点を持つことは、「好きな町で自分がやりたい仕事をする」以上の価値があるようです。子どもが故郷を誇りに思える町を作りたい。そのためにも賑わいをつくり、湊町を盛り上げたいと語ります。
「近所の人が『よくぞ、ここにお店を出してくださった』と言ってくれます。町家を残したいという住民の方の気持ちが伝わってくるんですよ。ウェルカムな空気がとても有り難いです」
ふらりと店に立ち寄り、お茶を飲んで話していく人もちらほら。あっという間に湊町にとけ込んだ下村さん。「よそ者扱いせずに受け入れてくれるのでうれしい」と笑顔で話します。
開店準備にあたり、自分でできるところはセルフリノベーションして町家を改修しました。店奥にあるシックな和室も風流な坪庭も、基礎部分以外は下村さんが手がけたもの。昨年から仕事帰りに通い続け、壁を塗り、補修し、少しずつ空間を作りました。でも、とても自分でやったとは思えないような完成度!下村さんのセンスが光ります。今後は、盆栽ワークショップをはじめ、さまざまなことを仕掛けていきたいとのこと。部屋数が多いので、レンタルスペースとしても開放したいそうです。
「本格的に盆栽をやる人を増やすことが目標ですが、まずは間口を広げることが重要。盆栽を『かわいい』『かっこいい』と思えたら敷居が低くなり、手軽に始めることができます。そのためにも、見せ方にこだわった空間をつくる必要がありました。町家と盆栽は相性ぴったりです」
取材中に、お孫さんが作った器に盆栽を植えてほしいという地元の方が来店されました。「何を植えるかは、お兄ちゃんに任せるわ!」その言葉から、下村さんへの信頼が伝わります。オープンから11日目にして、すでに湊町に愛されている下村さん。いま盆栽は、日本だけでなく世界的に秘かなブームになりつつあります。その火付け役の一翼を担うのが、この「みくに園」。1000円台のお手ごろなものも多いので、湊町散策のお土産に持ち帰るのもおすすめです。